ミュシャ スラブ叙事詩を見る @プラハ ヴェレトゥルジュニー宮殿 (プラハ国立美術館) 前半

ミュシャ スラブ叙事詩を見に、ヴェレトゥルジュニー宮殿 (プラハ国立美術館) へ」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

「スラブ叙事詩」(スラブ・エピック Slovanská epope, The Slav Epic)は、アルフォンス・ミュシャ (ムハ Alfons Maria Mucha, 1860 - 1939) が、1912年から1926年にかけて描いた、全20作の連作画。

プラハ国立美術館(Národní galerie v Praze, the National Gallery in Prague http://www.ngprague.cz/en/)では、スラブ叙事詩のうち7作品は 610×810cm というサイズの大きさ、スラブ民族の歴史を伝えようとするミュシャの思いの強さが伝わって来て、ただただ圧倒されました。
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この超大作「スラヴ叙事詩」は、2017年3月8日(水曜日)から、6月5日(月曜日)まで (火曜休館)、六本木の国立新美術館の「ミュシャ展」で、チェコ国外の世界初公開とのこと。
http://www.nact.jp/exhibition_special/2016/alfons-mucha/
http://www.mucha2017.jp/

プラハ国立美術館、ヴェレトゥルジュニー宮殿での特別展は、人が少なく、混雑とは無縁で、ゆっくり見られましたが、日本における特別展では、充実した日本語でのオーディオガイドやカタログが期待できそうなので、また見に行くのが楽しみですheart04

ミュシャの生涯とスラブ叙事詩の映像も流れていた。

これらの作品を見て、チェコの歴史をもっと知りたくなり、いろいろ本を読むきっかけとなりました。
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01. The Slavs in Their Original Homeland (1912) 元の祖国のスラヴ民族
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スラヴ民族の祖先としてのアダムとイブが、無防備な難民としてうずくまっている。 星のきらめく暗い夜空をバックに、異教(キリスト教ではない、スラヴ独自の宗教)の司祭が神秘的に浮かび上がり、司祭は、戦争のアレゴリーである男性と、平和のアレゴリーである女性を左右に従えている。

02. The Celebration of Svantovit in Rügen (1912) リューゲン島のスヴァントヴィート祭
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バルト海沿岸のリューゲン島のアルコナ(Arkona)には、かつて、キリスト教への改宗を拒んできた、スラヴ異教徒の砦があって、アルコナ岬では、毎年収穫祭が行われていた。 しかし、1168年、キリスト教徒のデンマーク王ヴァルデマー1世によって征服され、スヴァントヴィートの寺院は破壊された。

03. Introduction of the Slavic Liturgy (1912) スラヴ式典礼の導入
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モラヴィア王は、キリスト教国として宗教的にも自立すべく、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)に支援を仰ぎ、ギリシャ、テッサロニキ出身の兄弟キリル(元の名前はコンスタンティノス)とメトディオスの派遣を受けた。弟キリルは、スラヴ語を書き表す文字を考案し、福音書をスラヴ語に翻訳。キリルの死後は、兄メトディオスが大司教としてモラヴィアに赴いた。

ところが、それ以前には現在のドイツ、パッサウ司教の監督下に置かれていたモラヴィア。 典礼用語としては、スラヴ語ではなく、ラテン語を用いるべきとするドイツの聖職者との抗争に巻き込まれたモラヴィア王スヴァトプルクは、メトディオスをローマに派遣。

880年に、ローマ教皇ヨハネス8世から、スラヴ語での典礼に正当性がある、お墨付きを得るも、まずはラテン語で、その後にスラブ語の翻訳で典礼を行うという条件付き。双方の融和を図る形でスラヴ式典礼が導入された。(薩摩秀登著「物語 チェコの歴史 森と高原と古城の国」中公新書、7頁~20頁参照)

04. Tsar Simeon I of Bulgaria (1923) ブルガリアの皇帝シメオン1世
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9世紀の変わり目に、ブルガリアの黄金時代を築いたシメオン1世。彼は、若い頃、ビザンチンで教育を受けたが、スラヴ文化をビザンチンと同様のレベルに引き上げようと決意。 学者達を集め、ビザンチンの文献をスラヴ語に翻訳させた。

05. King Otakar II of Bohemia (1924) プシェミスル朝のボヘミア王、オタカル2世
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プシェミスル朝のボヘミア国王、オタカル2世(King Otakar II of Bohemia 1230年? - 1278年、在位1253年 - 1278年)は、最強の実力者として、その勢力を盤石なものにするため、婚姻政策によりハンガリー国王ベーラ4世(Hungarian King Béla IV)との結びつきを深めていった。

まずは、1261年10月25日、オタカル2世自らがハンガリー王の孫娘クニグンデ (Kunigunde) と再婚。 次いで、オタカル2世は、彼の姪とハンガリー王の若い息子との婚姻をアレンジし、1264年10月5日、盛大な結婚式をあげさせた。
この盛大な祝賀会には、ハンガリー国王ベーラ4世のほか、東ヨーロッパの広地域ルーシを支配していたダヌィーロ・ロマーノヴィチ (the King Daniel of Galicia), セルビア国王ステファン・ウロシュ1世 (the Serbian King Stefan Uroš I)、クロアチア、ボスニア、トランシルヴァニアなどの君主が列席。
これによって、ボヘミアとハンガリーとの同盟関係が確定された。

06. Coronation of the Serbian Tsar Stefan Uroš Dušan as East Roman Emperor (1923) 東ローマ皇帝として戴冠する、セルビア皇帝ステファン・ウロシュ・ドゥシャン
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07. Jan Milíč of Kroměříž (1916) クロミェジージュのヤン・ミリーチ
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14世紀、中世チェコの最盛期を築いた神聖ローマ皇帝カレル4世(Karel IV. ドイツ名:カール4世 Karl IV、神聖ローマ皇帝在位:1355 - 1378年、ボヘミア国王在位:1346 - 1378年)の宮廷に仕えるも、のちに職を辞し、説教師となって教会批判を行ったクロムニェジーシュのヤン・ミリーチ (Jan Milíč of Kroměříž, 1374年死去)。

ヤン・リミーチは、プラハの売春婦を悔い改めさせ、売春宿を取り壊した跡地に、慈善施設「エルサレム」、聖マグダラのマリア教会、そして悔い改めた罪人のための収容施設を、カレル4世の助けを借りて、建設しました。

08. After the Battle of Grunwald (1924) グリュンヴァルトの戦いの後
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1410年7月15日の、グリュンヴァルト (タンネンベルク)の戦い。
ポーランド・リトアニア連合国とドイツ騎士団の軍が争い、ポーランド・リトアニア連合が勝利を収めた。

09. Master Jan Hus Preaching at Bethlehem Chapel (1916) ベツレヘム礼拝堂で説教をするヤン・フス
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★以前書いた記事:プラハ 「ベツレヘム礼拝堂」、ヤン・フスの説教 ミュッシャ「スラブ・エピック」

1412年、フスが説教を行った、ゴシック最盛期の礼拝堂の様子を再現。
右側、赤い天蓋の下、フスの説教を熱心に聞き入っている女性は、カレル4世の息子であるヴァーツラフ4世(Wenceslaus IV, Václav IV.) の王妃ソフィア

ヤン・フス(Jan Hus, 1370年頃 - 1415年) は、ボヘミアにおける宗教改革で指導的立場に立った人物。

1402年、ベツレヘム礼拝堂の説教師に任命されたフスは、1402年から1413年にかけて、収容人数 3,000人といわれる、この礼拝堂で、カトリック教会の堕落を糾弾。 教会改革を訴えたほか、ローマ教皇のよる「贖宥状」(しょくゆうじょう、免罪符)の販売を批判。

「コンスタンツ公会議」において矯正不可能な異端者と宣告され、1415年7月6日、火あぶりの刑に処されました

10. The Meeting at Křížky (1916) クジーシュキでの集会
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・・・後で加筆予定です。

続きます。

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ミュシャ スラブ叙事詩を見に、ヴェレトゥルジュニー宮殿 (プラハ国立美術館) へ

プラハの夜景を見る」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

プラハ最終日の午前中、ミュシャ スラブ叙事詩 (スラブ・エピック)を見に、ヴェレトゥルジュニー宮殿 (プラハ国立美術館) へ。

宿泊したホテル、グランド・ホテル・ボヘミアの窓から、遠くにプラハ城を望む。青空がきれい。眺めも良かったし、名残惜しい。
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路面電車 24番で Náměstí Republiky (共和国広場) から Veletržní palác (ヴェレトゥルジュニー宮殿) へ。
★以前書いた記事: プラハ 路面電車でプラハ城へ ★路線図&時刻表
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路面電車の車窓から、ヴルタヴァ川を眺める。 「シュテファニーク橋」"Štefánikův most" (シュテファニクーフ・モスト) を渡って、対岸へ。
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Veletržní palác (ヴェレトゥルジュニー宮殿) 到着。
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大きなビルの 「ヴェレトゥルジュニー宮殿・プラハ国立美術館 (Veletržní palác - プラハ国立美術館(Národní galerie v Praze, the National Gallery in Prague))」 http://www.ngprague.cz/

中は広く、ミュシャ(ムハ)「スラブ叙事詩 (スラブ・エピック)」 Alfons Mucha: Slovanská epopej 特別展のチケット(1枚 180チェコ・コルナ(CZK)、日本円で900円くらい)を買って、一階左の特別展の入口へ。

その入ってすぐ右側にある受付で、スラブ・エピックのパンフレットがあるかどうかを聞いて、英語でスラブ・エピック全20作、各作品の詳しい解説が書いてあるパンフレットを購入。
パンフレットがあるかどうかも、特に表示がなかったような気がするので、受付の人に聞いてみて良かったflair
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ミュシャ「スラブ叙事詩」全20作。一作一作、とても大きい作品なのに、とにかくびっくり。
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続きます。「ミュシャ スラブ叙事詩を見る @プラハ ヴェレトゥルジュニー宮殿 (プラハ国立美術館) 前半

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プラハの夜景を見る

プラハ ボタニクスでお土産を買う ウンゲルトで晩ご飯」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

プラハ最後の夜は、ボタニクスでお土産を買って、ウンゲルトで晩ご飯のあと、カレル橋まで歩きました。

旧市街広場 旧市庁舎の塔。 時計の針は、夜10時25分。
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旧市街広場にあるレストランのテラスは、大賑わい。人通りも多かった。

旧市街広場 ティーン教会の塔。 ライトアップされた塔は、必見の美しさshine
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カレル橋の手前。 カレル橋の旧市街橋塔。 こちらもライトアップ。
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カレル橋の上。 夜10時45分頃にして、この人の多さ!!
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カレル橋から、ライトアップされたプラハ城を眺めるcrownshine
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橋の上の彫像と満月
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旧市庁舎の時計塔とティーン教会
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旧市庁舎の天文時計 夜11時25分。
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昼間の天文時計
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王の道、ツェレトナー通りから火薬塔を望む。
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雰囲気ある石畳の道
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まさに、夢のようなひととき。 素敵なプラハ、最後の夜でした。

翌日はいよいよ待望の、ミュシャ 「スラブ叙事詩 (スラブ・エピック)」特別展 @ヴェレトゥルジュニー宮殿・国立美術館 (Veletržní palác - Národní galerie) http://www.ngprague.cz/

続きます。「ミュシャ スラブ叙事詩を見に、ヴェレトゥルジュニー宮殿 (国立美術館) へ

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プラハ ボタニクスでお土産を買う ウンゲルトで晩ご飯

プラハ建築散歩 ヨゼフォフ(旧ユダヤ人地区)パリ通り」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

プラハ ヨゼフォフ、19世紀末から20世紀初頭にかけての都市再開発に基づく、瀟洒な街並みを眺めたあと、
パリ通り(パジーシュスカー通り Pařížská)から旧市街広場に出て、左側へ。 ドロウハー通り (Dlouhá) から 5つ角にある広場。 この角にある、写真左側、タマネギの形の塔のある建物には、
人気ベーカリー 「 ベイクショップ (Bakeshop)」 http://www.bakeshop.cz/
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もうちょっと長い滞在だったら、入ってみたかったなぁ。
5つ角から、ぐるっと歩いて、ティーン教会の裏手にある ウンゲルト (Ungelt) へ。

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チェコのウンゲルトにある 「ボタニクス(Botanikus)」 でお土産を買いました。

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香りのいい石鹸やフェイスクリームなど、ナチュラルスキンケア製品がいっぱいあって、目移りしまくりshine

私が買って一番良かったなと思ったのは、日本未入荷の Botanicus Shea Hemp and Neroli Anti-aging & Replenishment Night Butter

これは。自然なネロリの香りがたまらないシアバターのナイトクリームheart01 アロマの先生も気に入って、使い終わった後、チェコの公式サイトからお取り寄せしてたほどlovely ネロリの香り好きにとっては、たまらない香りheart04

あとは、一番香りの気に入ったシトラス系の石鹸と、死海の泥の石鹸 Dead Sea Mud Specialty Soap。

それからお土産に無難かもなローズフェイス&ボディミルク Rose Body & Face Milk。
香りのアイテムは、人によって好き好きがあるので、ほんとに無難な選択。母へのお土産に気に入ってもらえました。

日本でも公式サイトの通販あり。 http://www.botanicus-shop.jp/

★プラハ ボタニクス Botanikus http://www.botanicus.cz/
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ウンゲルトの中庭にあるアイリッシュパブ 「The Dubliner Irish Pub」 http://www.aulddubliner.cz/ のテラス席で晩ご飯。

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最初はチェコビールで乾杯。2杯目からは、とっても美味しいアイリッシュビール(笑)。 食事も美味しかったし、女性の店員さんも感じが良かったし、今でも、とてもいい印象が残ってますcuteup
トイレを借りに、お店の中へ。若い人たちがいっぱい。 賑わっていました。

夜のウンゲルト
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続きます。「プラハの夜景を見る

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プラハ建築散歩 ヨゼフォフ(旧ユダヤ人地区)パリ通り

プラハ シナゴーグ 地図 (旧ユダヤ人街 ヨゼフォフ)」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

★プラハ シナゴーグの地図 (クリックで拡大)https://mapy.cz/ に加工
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プラハのシナゴーグのあるヨゼフォフ(旧ユダヤ人地区)を歩いて、「パリ通り」(パジーシュスカー通り Pařížská )へ。
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アールヌーヴォーの装飾のある美しい玄関
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こちらは、かつてのユダヤ人街でゲットーのあった場所。

マリア・テレジアの息子、ヨーゼフ2世 (Joseph II, 1741-1790)によってゲットーが廃止され、ゲットーを取り囲んでいた壁は取り壊されましたが、裕福なユダヤ人がここを去って、スラム化してしまいます。

そこで、19世紀末から20世紀初頭にかけて、シナゴーグ以外の古い建物が取り壊され、パリの街並みをお手本に、歴史的建築意匠が組み合わされた、アールヌーヴォーの装飾のあるファサードのある建物が新たに建てられ、この通りは 「パリ通り」(パジーシュスカー通り Pařížská ulice)と名付けられました。

高級建築物が建ち並ぶ緑の街路樹clover。 このパリ通りには、数多くの高級ブランドshineのブティックがあり、中には入りませんでしたが、その建築の美しさに目を奪われ、優雅な気分にcute

ロレックスのブティックが入っているタウンハウス(townhouse)。写真右側の緑の街路樹のある通りが、パリ通り。左側はシロカー通り。
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Jimmy Choo (ジミーチュウ)のブティックが入っているタウンハウス。
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上品で美しいファサード。
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この細かなディテールに目を奪われる。
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女神さま、そしてワシ?がお出迎えしてくれている玄関
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パリ通りとシロカー通りの角にある、近代的な公衆トイレ
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パリ通りの先には、旧市街広場(写真には、ヤン・フス像が小さく写っています)。 その手前にあるカルティエのブティック入っているタウンハウス Scnierův dům
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旧市街広場に面したファサードに施された彫刻。これもまた美しいlovely
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http://stary-web.zastarouprahu.cz/ruzne/schier.htm 参照(チェコ語)

そして、旧市街広場。 夕刻の日に照らされたキンスキー宮殿と、ティーン教会。 手前には、ヤン・フス像。
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歴史的なシナゴーグ。美しい街並。ヨゼフォフ(旧ユダヤ人街)散策、楽しかったです。

このあと、ウンゲルトの中にあるボタニクスでお土産を買って、ウンゲルトの中にある The Dubliner Irish Pub のテラスで晩ご飯。
街灯に照らされた石畳の道を歩いて、カレル橋まで。 プラハ最後の夜を過ごしました。

続きます。「プラハ ボタニクスでお土産を買う ウンゲルトで晩ご飯

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プラハ シナゴーグ 地図 (旧ユダヤ人街 ヨゼフォフ)

プラハ旧市庁舎 ガイドツアー 地下見学 (中世アンダーグラウンドツアー)」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

★プラハ シナゴーグの地図 (クリックで拡大)https://mapy.cz/ に加工
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プラハ旧市庁舎から、聖ミクラーシュ教会(旧市街広場)の裏手、マイゼロヴァ通り(Maiserova)の角にある、フランツ・カフカ(Franz Kafka, 1883-1924) の生家へ。
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ここは、ユダヤ人の作家、カフカが誕生した家で、1883年から1885年にかけて居住。 家の角には、カフカの肖像の記念碑。
★公式サイト 「フランツ・カフカ と プラハの家」 Franz Kafka and Prague Residences, http://www.kafkamuseum.cz/

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ここから先が、かつてユダヤ人ゲットー(ユダヤ人居住区)があった場所。

マリア・テレジアの息子、ヨーゼフ2世 (Joseph II, 1741-1790)は、ゲットーを取り囲んでいた壁を取り壊し、ユダヤ人に教育の自由、職業選択の自由を与えました。

1848年、ゲットーがあった場所は、プラハ五区ととしてプラハ市内に編入されて、皇帝ヨーゼフ二世にちなんで「ヨゼフォフ」と名づけられたのでした。

★プラハ ユダヤ人街のシナゴーグの場所の地図
http://www.jewishmuseum.cz/en/info/visit/how-to-find-us/

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マイゼロヴァ通り(Maiselova)を歩いて右側にある、
「マイゼル・シナゴーグ」(Maisel Synagogue)
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マイゼル・シナゴーグは、1583年に王宮をプラハ城に移した皇帝、ルドルフ2世 (Rudolf II)」(1552-1612, 神聖ローマ皇帝在位 1576-1612) によって付与された権限に基づいて、1592年、プラハのユダヤ人ゲットーの長(the Mayor of the Prague Jewish Town.)だった、モルデカイ・マイゼル (Mordecai Maisel) によって建立。

シナゴーグは、1689年のゲットーの火災で焼失し、数回再建。1905年、現在のネオゴシック様式のシナゴーグが完成しました。

http://www.jewishmuseum.cz/en/explore/sites/maisel-synagogue/

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「ユダヤ人地区集会所」(Jewish Town Hall, Židovská radnice) 
写真中央の薄いブルーの建物。 写真ではきれいに写っていないけれど、時計に注目でしたclock
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「旧新シナゴーグ」(Old New Synagogue, Staronová synagoga)
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「旧新シナゴーグ」は、ヨーロッパで現存する最古のシナゴーグで、ギザギザの屋根の形が特徴的。

1270年頃に建てられた初期ゴシック様式の建物部分と、16世紀後半に建てられた二つ建物部分から成るため、「旧新シナゴーグ」と呼ばれている。

http://www.synagogue.cz/

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「旧新シナゴーグ」の前で左折すると、左側に売店(行ったときには、閉店時間が過ぎて閉まっていた)。正面に見えているのが、「儀式の家」(Jewish Ceremonial Hall, Obřadní síň)
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「クラウス・シナゴーグ」(Klausen Synagogue, Klausová synagoga)
http://www.jewishmuseum.cz/en/explore/sites/klausen-synagogue/
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「儀式の家」(Jewish Ceremonial Hall, Obřadní síň)。
クラウス・シナゴーグの右隣。 1906年から1908年にかけて、ネオ・ロマネスク様式で建てられた。
http://www.jewishmuseum.cz/en/explore/sites/ceremonial-hall/
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旧ユダヤ人墓地(Old Jewish Cemetery, Starý židovský hřbitov) ※儀式の家の横から撮影。
http://www.jewishmuseum.cz/en/explore/sites/old-jewish-cemetery/
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儀式の家の右側に続く、旧ユダヤ人墓地の塀
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時間があったら、シナゴーグの中の博物館も見学してみたかった。
http://www.jewishmuseum.cz/en/info/visit/

続きます。「プラハ建築散歩 ヨゼフォフ(旧ユダヤ人地区) パリ通り

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プラハ旧市庁舎 ガイドツアー 地下見学 (中世アンダーグラウンドツアー)

プラハ 市民会館 レストラン」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

プラハ旧市街の広場でお土産を買ったあと、プラハ旧市庁舎 見学ガイドツアーへ。
ガイドツアーには、地下見学 (アンダーグラウンドツアー)も含まれていて、中世のプラハの姿を垣間見ることができ、参加してとても良かったです! 日本語ツアーはありませんが、日本語の解説シートを貸してもらえます。

★OLD TOWN HALL IN PRAGUE:http://www.staromestskaradnicepraha.cz/en/
★見学ガイドツアーのスケジュール http://www.staromestskaradnicepraha.cz/en/practical-informations/daily-schedule/ 日によって、時間と言語が違うので、要チェックflair
旧市庁舎見学ツアー FULL TOUR (the chapel, historical halls and undeground)) 料金:大人 100,-Kč

★日本語版PDF 解説
 http://www.praguecitytourism.cz/file/edee/universal/maps/letak_starom-radnice_2015_jpn_20150807_tisk.pdf

旧市庁舎の天文時計の十二使徒の人形、その仕組みを見学。 外からだと見えずらいけど、ここでバッチリ見ることができましたnote
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★以前書いたブログ記事:「プラハ 旧市庁舎と天文時計、ミュシャ 「黄道十二宮」

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プラハ 市民会館 レストラン

プラハ 市民会館 ミュシャの壁画 市長ホール」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

プラハ 「市民会館」 (Obecní dům) http://www.obecni-dum.cz/ の見学ガイドツアーのあと、地下レストランへ。
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まずは、ピスルナー・ウルケル Pilsner Urquell で乾杯~ beer
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伝統的なチェコのグラーシュ Staročeský guláš 蒸しパンも含めて、すご~く美味しかったnoteshine
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コゼルの黒ビール Velkopopovícký Koze コクがあって、これも美味~cute
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壁画もあって、雰囲気も気取らなくて、銀座のライオンのチェコ版みたいな感じでした。
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地下なんだけど、綺麗なステンドグラスもありcute
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値段もリーズナブルで、この市民会館地下レストランは、本当に入って良かった。
税金は21% (základ = 基礎、税抜き価額)。
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レストランのある地下には、アメリカン・バーもあって、こっちも入ってみたかったなぁ~。
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バーの入口前にあった、市民会館の模型
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壁の葡萄酒の杯(聖杯?)の装飾
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次に、旧市庁舎の見学 アンダーグラウンドツアーへ。

続きます。「プラハ旧市庁舎 ガイドツアー 地下見学 (中世アンダーグラウンドツアー)

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プラハ 市民会館 ミュシャの壁画 市長ホール

プラハ 市民会館 見学ガイドツアー スメタナホール」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

プラハ 「市民会館」 (Obecní dům) http://www.obecni-dum.cz/ の見学ガイドツアーの目玉は、なんと言っても、アルフォンス・ミュシャ (ムハ Alfons Maria Mucha, 1860 - 1939) が内装を手がけ、ミュッシャの壁画のある 「市長ホール(市長の間 Primátorský sál, Mayor's Hall)」だと思う。

プラハ市民会館の市長ホール(市長の間 Primátorský sál, Mayor's Hall)
http://www.obecnidum.cz/en/mayors-hall-1404042389.html
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アールヌーボー装飾が美しい。1910年、ミュッシャはパリと米国から帰国したときから、市長ホールの内装作業を開始した。
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フレスコ画の画題は、 スラブの歴史をたどる 「スラブの調和」(The Slavic Concord)
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カーテンの刺繍も同時のまま。
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カーテンに触れないようにと、ガイドの人が注意を促していた。
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ステンドグラスの装飾も美しかった。
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次に、市民会館の地下。市民会館のレストランで、ランチ休憩。

つづきます。「プラハ 市民会館 レストラン

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プラハ 市民会館 見学ガイドツアー スメタナホール

ヴァルトシュテイン通り プラハ城下庭園 メトロカフェ」のつづき。★プラハ個人旅行 まとめ記事

「市民会館」 (Obecní dům) http://www.obecni-dum.cz/ の中をガイドツアーで見学。13:00からの回。
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人数限定。英語でのツアーでしたが、スメタナホール、アルフォンス・ミュシャ (ムハ Alfons Maria Mucha, 1860 - 1939) が内装を手がけ、ミュッシャの壁画のある 「市長室 (Primátorský sál)」 など見所満載でしたcute

スメタナホールの入口
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照明が無いと、イマイチ感動が薄いような・・・(笑)。
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アールヌーヴォーの壁画もあったりして綺麗なんだけど・・・、夜の煌びやかな雰囲気のコンサートに行ってみたくなた。
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天井のステンドグラスも綺麗だった。本当はもっと綺麗。写真の腕がイマイチなのです。
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美しい内装の部屋の数々を見学。
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別の日に撮影した、市民会館の正面。
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入口入って左にあるチケット売り場。 入口入って左奥に集合場所、その近くにお土産屋さんとトイレあり。この日の見学は、13時と16時のみでした。
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次に、ミュシャが内装を手がけた 「市長ホール(市長の間)」 へ。

続きます。「プラハ 市民会館 ミュシャの壁画 市長ホール

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