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東京大空襲から60年 ~ 東京都慰霊堂へ行く

今日(3/10) は、「東京都慰霊堂」 に行ってきました。

東京大空襲から 今日で60年。 
昭和20年(1945年) 3月10日の東京大空襲では、10万人以上の一般市民が犠牲になりました。

私の父は 当時17歳。浅草寺の裏手、浅草区千束町1丁目に住んでいて、空襲にあいました。

この空襲で、父の母親(当時45歳)と3人の姉妹(当時14、19、21歳)が猛火の中、亡くなりました。
(「昭和20年3月10日午前2時死 空襲により」と戸籍に記載)

父は隅田川を渡り、なんとか助かりました。
住んでいた場所に戻ると、焼け残った鉄製のミシンだけが ぽつんと残されていたそうです。

その後、父の父親は胃がんで数年後に亡くなり、父は残された弟二人とともに親戚に引き取られました.。

この空襲では 多大な犠牲にもかかわらず、補償はまったくありません。

父の深い悲しみと苦労を思うと、これからも決して風化させてはならない歴史だと強く思いました。

* 以下の写真は、いずれもクリックで拡大します。

*「東京都慰霊堂」と 法要の行われた慰霊堂の中。 中に入ってお焼香しました。
 内部には震災時の絵や東京大空襲の惨状が撮影された写真が展示されていました。
dsc01593_ireidou

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*「東京空襲犠牲者を追悼し平和を祈念する碑」。この日は納骨堂の中に入れました。
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*「震災記念堂・東京都慰霊堂 由来記」
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* 慰霊協会事務所の前に置かれていた
 「江戸東京博物館」の「東京空襲60年 - 犠牲者の軌跡 - 」のリーフレット。
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このリーフレットの表には、『東京空襲被災地図「浅草」より 爆撃するB29(米国議会図書館所蔵)』 の写真が使われています。

帰りの電車を待ちながら、何気なくこのパンフレットを眺めていたら
この地図の中に、父の住んでいた 「千束町1丁目」 がのっていて、涙せずにはいらせませんでした。
(下は、リーフレットの写真を拡大したもの。左上に「(千)束町1丁目」 と記載あり。下方は 「浅草観音」)
dsc01600_senzoku_1chome

(「東京大空襲 廃墟となった浅草」の写真を載せているHPは、「こちら」 をクリック。)

都立横網町公園内(墨田区横網二丁目)東京都慰霊堂・案内図は、「こちら」 をクリック。

江戸東京博物館 常設展示室 第2企画展
 東京空襲60年 - 犠牲者の軌跡 - 」は、「こちら」 をクリック。
(開催期間:2005年1月14日(金)~4月10日(日)まで)

すみだ郷土文化資料館
 特別展『東京空襲・60年-3月10日の記憶-』」は、「こちら」 をクリック。
(開催期間:2005年1月22日(土)~4月10日(日)まで)

国見弥一さんのブログ「無精庵徒然草」に 「東京大空襲」 のことが詳しく書かれていて、「こちらの記事」 が 「東京都慰霊堂」 に行くきっかけになりました。
弥一さん、どうもありがとうございました。

追記:BigBanさんのブログの記事 「「非人道的」とはどういうことなのか。批判の限界(4)---東京大空襲60年」(詳しい内容は下線部分をクリック)は、東京大空襲について詳しく書かれていて、歴史をゆがめ、あるいは消去して世界に相対峙してははならない、といった点にわたしも共感しました。)

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コメント

ご紹介、たいへんありがとうございます。
お父様は現に経験をされていたのですか。きのこさんにとって、今日はことさらに特別の日なのですね。
私は最近戦争についてよく考えます。昔より現実味が増しているような気がして、とても恐ろしいのです。
本当に風化させてはいけない歴史だと思います。

投稿: susan | 2005.03.10 20:33

きのこさん、TBありがとう。
このような記事を書いていながら、小生は先ほどまで仕事。ラジオで東京都などで行われる追悼式の様子を聞いているだけでした。
お父様には実体験があるのですね。
小生の郷里は富山ですが、富山も大空襲があり、3千人が亡くなりました。我が家も全焼したとか。土蔵だけは焼け残ったのですが、土の壁には十数年前までアメリカの戦闘機に機銃掃射された弾痕が残っていました。
尚、記事に今、追記しましたが、東京都港区にある港郷土資料館(電話:3452-4966)では、「企画展 永井荷風と東京大空襲」を開催中だとのこと(3月21日まで)。
小生の方からもTBさせていただきます。

投稿: 弥一 | 2005.03.11 07:51

>susanさん

つたない文章ですが、「東京大空襲」を実際に体験した父のこと、亡くなった家族のことを広く紹介することができました。
この記事を載せたとき、本当にブログを開設していて良かったと思いました。

昨日は、ビデオにとっておいたNHKスペシャル「東京大空襲 60年目の被災地図」を見ていました。
あの悲惨な空襲の真っ只中に、父や亡くなった祖母や叔母、残された家族がいたのかと思うと涙が止まりませんでした。

「戦争の早期終結」といった大きな目標達成のためなら、一般市民の犠牲など、とるに足らないものなのか。

自分の国が始めた戦争に負けたのだから「仕方がない」と諦めて、じっと耐えるしかないのでしょうか。

イラクに対する武力行使がなされた際も、あの戦火の中、一般市民の人々はどうしているのだろう・・・と思わずにはいられませんでした。

投稿: きのこ | 2005.03.11 14:23

>弥一さん

TBどうもありがとうございます。

富山も大空襲があって、弥一さんの実家が全焼されたんですね。機銃掃射など、想像するだけでも恐ろしいことです。

東京大空襲は想像を絶する悲惨なものだったことを知ることができましたが、日本各地で一般市民が巻き込まれる恐ろしい空襲があったのですね。

たしかに、日本人も731部隊の事件など醜悪なことをした者もいたし、空襲も、いわゆる「正義のための武力行使」だったといわれるかもしれない。

でも、一般市民が無差別に殺されても仕方がないとは言えないですよね。 731部隊の残党もきちんと責任を問われるべきだと思います。

投稿: きのこ | 2005.03.11 15:36

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