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荒川CR、北千住、吉原ポタ その1 千住名物 「かどやの槍かけだんご」

4/14(土)は、夫と自転車で 荒川サイクリングロードを通って、北千住。 三ノ輪を通って、最後は吉原大門、 日本堤にある 「土手の伊勢屋」に行き、 江戸前天ぷらを食べてきました。 この日は、走行距離約40キロとちょうどいい運動にもなりました。

まず、仙台堀川公園
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平成橋を通って 荒川へ。
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緑と広がった空が気持ちよかったです。
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Wikipediaによれば、 若かりし頃の王監督と、のちに指導を受ける荒川博との最初の出会いは、「犬の散歩をしていた荒川が、通りがかったグラウンドで、王が出ていた少年野球の試合を眺めていた」 とのこと。
夫によれば、このグランドこそ、こんな荒川沿いにあるグランド!(by.「巨人の星」 らしい・・)

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荒川で荒川に会ってたとは、感無量・・。 でもないか (笑)。 実際大リーグで日本人選手が多く活躍する今日この頃、 星 飛雄馬がさせられていた「大リーグボール養成ギブス」 が懐かしい。

私は扇橋まで行きましたが、私だけ先に行き過ぎたため夫とはぐれ、 堀切橋あたりまで戻って夫を探すハメに。 5_070414_cr_014
なかなか来ないので、途中で倒れて救急車で運ばれたかと心配しましたが、幸い何事もなし。 自転車で出るときは、お互い携帯電話を持って出なければと思いました。

お腹がすいたので、千住新橋のあたりで荒川を後に。
方向音痴&地図なし行ったのですが、 知らないうちに北千住の「宿場通り」(宿場町通り、旧日光街道)へ。
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しばらく行くと、ずっと前から行ってみたかった 千住名物 「かどやの槍かけだんご」 を発見!!
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千住名物 「かどやの槍かけだんご」
(住所:足立区千住5-5-10 TEL:03-3888-0682、営業時間 9:00 ~ 17:00(売り切れ次第終了)、不定休)

*餡子団子&みたらし団子。
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炭火で一本一本焼き上げるお団子は、一本90円と安く、疲れた体に染み入る美味しさでした♪

*横山家住宅
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*千住絵馬屋・吉田家
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北千住への散策といえば、2006.02.04(土) の寒風吹きすさぶ日、 夫と歩いて 北千住まで散歩に行った日のことを思い出さずにはいられません。
ここで、 以前偶然見つけた 地鶏焼 「バードコート (Bird Court)」 (住所:足立区千住3-68、TEL:03-3881-8818)も、この通り沿いにあることを発見しました♪(以前書いたエントリーは、こちら

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*北千住西口からずっと伸びる大通りで右折。 古くからの洋館らしい建物があり、そこは眼科なのでした。
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*讃岐うどんの 「たち花」 でほっと一息。
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千住宿 自家焙煎珈琲 「珈琲物語」(住所:足立区千住3-6 TEL:03-3882-5524) で とても美味しいコーヒを頂きました。 雰囲気も落ち着けていいなと思いました。
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全く土地勘がないし、調べて行ってるわけでもなく、地図さえ持っていないのに、 こう次々いいところに行かれてラッキーだな~、としみじみ(^^)。

*松尾芭蕉の像が 「千住大橋」 の手前にありました。
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「奥の細道入口
(The Entrance into “The Narrow Road to Oku”)
この道が江戸時代からある『日光道中』です。 1689年5月6日 芭蕉が弟子たちに別れを告げ 『奥の細道』へと旅立ちをしたのがここ千住・・(以下よく見えません)」
(This road, the Nikko Nighway, has been there since the Edo Period. It was at Senju that Basho started on a journey into “The Narrow Road to Oku” after saying goodbye to his disciple on May 16 1689)

「日光道中 千住宿 この道の両側がやっちゃ場跡 江戸時代 幕府御用市場となり江戸八百八町の台所を支えた。現在は此処に場所を移して東京都中央卸売市場となる。」と書いてあります。
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北詰左手の児童公園内 にあるという 「奥の細道 矢立初の碑」(「行春や鳥啼魚の目は泪」の句を詠んだ地)もいつか見てみたいなと思います。

歌川広重の浮世絵「名所江戸百景」にも描かれた 「千住の大はし」。
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●参考になるサイト
http://www.takahashi-kobo.com/hiroshige-edo.html
http://221.191.65.126/detail?dno=66000001&sno=83200104&eno=000&clscd=3000250
http://homepage3.nifty.com/morikawa_works/hiroshige46.html

その後、 そこから すぐ近くにある 「素盞雄 (スサノオ)神社」へ。 その2に続きます。

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