サン・ミゲル市場、マヨール広場 Mercado de San Miguel, Plaza Mayor de Madrid
「サンタ・アナ広場 ライトアップの夜景 デモに遭遇」のつづき。日々、用事や予定があり、更新が久しぶりになってしまいました
マドリッド実質2日目 2011/8/17(木) は、ホテルからタクシーをお願いして、「マヨール広場」(Plaza Mayor de Madrid) まで。この前でタクシーを降りました。
マヨール広場に入る路地の入口に見える 「サン・ミゲル市場」 (Mercado de San Miguel) 。果物や野菜が並んでいるのが見えます。
「マヨール広場」 Plaza Mayor de Madrid
2010年4月号のNHK「テレビでスペイン語」のテキストの「美術からひもとくスペイン」によると、帝国の首都をマドリードと定めた スペイン・ハプスブルク家のフェリペ2世(1527-1598)によって、中世から市が立ち、賑わっていたこの広場を改築する工事がはじめられ、本格的に建設が実現したのは、フェリペ3世の頃(1617-1619)。建物で四角形に囲まれた Mayor = 最大の意味を持つ 「中央広場」。
広場のアーケードには、店が立ち並んでいて、飲食店のテラスの準備をしていたり、観光客が写真を撮っていたり。
この北側中央の建物は、16世紀末に工事が始められた 「パン屋組合の家」(Casa de la Panaderia)があった場所。
この下のアーケードには、旅行案内のインフォメーション・センターがあり、スペイン語の地図などをいただきました。
ここにはスペイン王家の紋章が刻まれ、バルコニーには王家の人々のための観覧席が設けられていました。
前掲NHKのテキストによれば、この広場は、1620年以降、王室やマドリードの重要な行事や祝祭が行われ、宗教裁判である異端訊問、闘牛なども行われていたそうです。テキストにはプラド美術館などに所蔵されている当時の絵も紹介されていて、想像をめぐらすことができました。
フェリペ2世については、中野京子著「名画で読み解くハプスブルク家12の物語」64頁 ティツィアーノ・ヴィチェリオ「軍服姿のフェリペ皇太子」など。その息子のフェリペ3世は、「政務は寵臣に丸投げ」(前掲94頁)していたとか。
でも、広場中央には堂々たるフェリペ3世の堂々たる騎馬像が立っています。
ここから出て、しばし休憩。
つづきます。
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