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コッヘム ライヒスブルク城を見学する 01 城の歴史 Reichsburg in Cochem

コッヘム ライヒスブルク城に行く with コッヘムの地図 Reichsburg in Cochem und der Stadtplan」のつづき。

「ライヒスブルク城」(Reichsburg) の中を見学。
http://www.reichsburg-cochem.de/index.htm (英語の説明は、http://www.reichsburg-cochem.de/english/business_hours.htm Winter business hours もあるので、事前に要チェック)
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ライヒスブルク城の塔。 いくつもの円錐の尖塔が付いていますcrown
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イエス・キリストを抱いて川を渡る「聖クリストフォルス」の壁画。 ケルン大聖堂にも、同じ題材の彫像がありました☆ ここでは、お城の守護聖人ですね。
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展望台から、モーゼル川を眼下に望む。
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中世には、この城の下のモーゼル川にチェーンを張って、川を行き来する船shipから、領主が通行税dollarを徴収していました。

そして、いざとなったら、砲台から攻撃bomb
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さきほどとは反対側。 コッヘム川の上流に遡ると、フランスへ。 フランスから、水路を使って、容易に城下に入り込まれてしまうおそれもあるわけです。
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さて、売店で入場券を購入。この城は、ガイド付きでないと見学不可。 原則、ドイツ語での説明です。

でも、今回、非常にラッキーなことに、英語圏の団体さんにご一緒させていただいて、英語で説明shineを聞くことができましたhappy01 所要時間は、約40分。 個人で勝手に見学することはできません。

入場券と、売店で購入したコッヘムのガイドブック(英語)。
Führung フェールング ガイド付き見学は、von 9:00 - 17:00 Uhr (von フォン = from, Uhr ウーア 時 = clock)
レストランは、geöffnet von 10:00 - 18:00 Uhr (geöffnet ゲエフネット = Open)
鷹場 Falknerei もあるんですね!
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さあ、一緒に入りますよ。
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またまた狭い入口。これで、敵の進入を防いでいるんですね。
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さきほどのクリストフォロスの壁画の塔。 右側の建物の庇(ひさし)のこんな細かいところにも、美しい絵が描かれているのに感心します。
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部屋の中に入る前、案内係の人から、お城の歴史について、丁寧な説明を受けました。
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城の主(あるじ) Burgherren は、
1000年頃 Pfalzgrafen (中世の宮中伯) ロートリゲン宮中伯 Ezzo (palatinate count Ezzo (Lothringen) )により築城。
1151年 Könige (ケーニヒ 王 king)  コンラート3世 (König Konrad III) ドイツ王、神聖ローマ皇帝領に。 城の各所にみられる「鷲」の紋章は、その時代の神聖ローマ皇帝の紋章。
1294年 Kurfürsten (選帝侯、神聖ローマ皇帝の選挙権を有していた領主) トリアー大司教領。
1332年 コッヘムは都市として認められ、市壁が築かれます。

1689年 フランスの太陽王といわれたルイ14世の時代、プファルツ承継戦争(1688 - 1697 wiki)により、コッヘムの町は、フランス軍によって、そのほぼ全体が破壊され、同年5月19日、ライヒスブルク城は、火をかけられ破壊されてしまいます。 

1794年 Frankreich (フランス) 、 1815年 Preußen (プロイセン)と、主は変わるも、城は長い間廃墟になったまま・・・。

もっとも、18世紀末から19世紀前半にかけヨーロッパで流行したロマン主義の影響から、「廃墟」に関心が集まり、「廃墟のロベール」と言われたフランスの風景画家、ユベール・ロベール(Hubert Robert 1733-1808)らの「廃墟」を題材とした絵画が注目されるわけですが。

1868年 ベルリンの商人 Louis Ravené がこれを購入。1874年から1877年にかけ、当時流行していた、ネオ·ルネッサンス様式で再建。

1942年 Reich-Bund ナチスドイツ同盟にこれを売却。 これほどに手をかけ愛着のある城を、どんな気持ちで手放したのでしょうか。

1978年 Stadt-Cochem コッヘム市の所有に至る。

この城をめぐるドラマティックな展開に想像をふくらませると、興味がますますわいてきました。
(参考:http://www.reichsburg-cochem.de/index.htmhttp://www.reichsburg-cochem.de/english/history.htm、前述のガイドブック、http://mapamondtravel.com/Castles_and_fortresses/Reichsburg_Cochem_Castle.html など)
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意匠を凝らした美しい外観
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なお、ライヒスブルク城には、レストランが併設されていて、中世の騎士のディナー “Knights‘ meal“ in the style of the former knights of Cochem castle (Duration apprx. 4 hrs - advance booking necessary) とか、いろいろな催し物があるようです。事前に http://www.reichsburg-cochem.de/index.htm を要チェックですねwink
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では、城の内部へshine

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