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ローレライ Loreley - ボンの自転車オジサン

ライン川沿いをドライブ ローレライ Loreley へ - オーバーヴェーゼルの地図 Map of Oberwesel」のつづき。

「ローレライ」 Loreley。 ザンクト・ゴアルスハウゼン(St. Goarshausen)の近くにある、132mの高さのローレライの岩山です Wiki http://www.loreley-touristik.de/
ユネスコ世界遺産(UNESCO-Welterbe)に登録されている 「Upper Middle Rhine Valley ライン渓谷中流上部」(コブレンツとビンゲン・アム・ラインの間のライン川、65キロメートルの渓谷(Reine Gorge))の中でも、有名な場所。
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ローレライは、ライン川の伝説による「水の精」。 不実な恋人に絶望してライン川に身を投げた乙女が水の精となり、その乙女の美しい歌声に船乗りが惑わされることにより、船が難破してしまう、という伝説あり。

事実、この付近はライン川の中でも川幅が狭く、川筋も曲がり、しかも、浅瀬の岩礁もあるという航行の難所。
近年においても、2003年9月、KDライン社が運行するライン川クルーズ船が、ローレライ付近で座礁事故を起こしています()。
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ところで、日本では、明治42年(1909年)、近藤朔風が訳したローレライの歌でも有名です。

その元となったのは、ハインリッヒ・ハイネ (Heinrich Heine) の詩に、フリードリヒ・ジルヒャー (Friedrich Silcher 1789 - 1860) が1837年に作曲した「Die Loreley」。「なじかは知らねど 心わびて、昔の伝説(つたえ)は そぞろ身に沁む、寥しく暮れゆく、ラインの流(ながれ)、入日に山々 あかく映ゆる(以下つづく)」でした。

ハイネによる「ローレライの詩」は、ハイネ詩集の中でも最も有名なものとして、新潮文庫に所収(片山俊彦訳)。再読。 もちろん歌の歌詞そのままではありません。 ゆっくり心の中で情景を思い描ける分、よりロマンティックに感じられました。

1799年、ドイツ・デュッセルドルフに ドイツ系ユダヤ人として生まれたハインリッヒ・ハイネ (Heinrich Heine) 。 1825年、20代後半にキリスト教に改宗。 ウジェーヌ・ドラクロワの、「民衆を導く自由の女神」の題材ともなったフランス7月革命に影響を受け、1831年にフランスのパリに亡命。 「船出」の詩で「美わしきわが祖国(くに)よ!」と高らかに謳い上げ、祖国を愛しながらも、1856年、亡命先のパリに死す。

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ところで、ドイツ旅行の少し前に、新橋のドイツ料理レストラン「アルテリーベ ALTE LIEBE TOKYO」。http://www.alteliebetokyo.com/ こちらは、素晴らしいクラッシック声楽のライブも行われていて、そこでローレライも歌われていたのを思い出しましたnote

右がライン川上流。 左がライン川下流。コブレンツの方向。 自然にあふれ、のんびり過ごせそうな素敵な場所です。
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ここには、ローレライの説明が書かれていましたが、ドイツ語で書かれているので、何が書いてあるのかよくはわからず・・・。 でも、絵や写真で、なんとなく想像。
写真右は、ハイネの詩にジルヒャーが作曲したというローレライの歌の五線譜。
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左は、ローレライの岩山の、黄金の髪の乙女。
右上は、13世紀頃に作られた中世ドイツの英雄叙事詩、「ニーベルンゲンの歌」(Nibelungenlied) を題材とした絵。
リヒャルト・ヴァーグナーはこの物語に取材して、楽劇 「ニーベルングの指環」を書きました。
そして、右下は、月光の下のローレライの絵。 ロマン主義の芸術家にとって、ここは創造の源の地。 ライン・ロマン主義 (Rheinromantik) の端緒となった、歴史ある地なのです。 ※画像クリックで拡大
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もっとも、ローレライは、その歴史や文化的背景を知らないと、単なる岩山に過ぎないかも・・・。 私も、今になってようやく、その有り難みがわかってきました(笑)。

私たちは、ここで記念写真を撮りましたが、「ローレライ」と書いてないと、一体ここはどこなのか!? ひょっとして、日本のどこか?とか(笑)。 年賀状写真としては、残念ながら、即却下coldsweats01
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・・・とまあ、そんなローレライでしたが、 そこで出会った、ライン川沿い、ケルンの南、ベートーベンの生誕地として名高い 「ボン」(Bonn) より、はるばる自転車 bicycleに乗って旅して来たという、ドイツ人の年配オジサン・サイクリスト。
そのオジサンと、 ちょこっと英語でお話したうえ、 そのオジサンから、ローレライの風景とともにビデオmovie 撮りされsweat01 もちろん同意の上だけれども、なんだかちょっと照れるなと、sweat01sweat01

この記念写真を見るたび、 このボンの自転車オジサンのことを、懐かしく思い出します happy01

つづきます。「ライン川沿いをドライブ ザンクト・ゴア ラインフェルス城へ - ドライブ・ルートマップ

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