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2013年12月の8件の記事

ウィーン散策 07 フェルステル宮殿、エステルハージ宮殿、コールマルクト通りから王宮へ

ウィーン レンタサイクル 「Citybike Wien」で観光 05 ウィーン大学、パスクァラティハウスと市壁、ヴォティーフ教会」のつづき。

自転車bicycleで、リンクからショッテンガッセ (Schottengasse) へと右折。
「フェルステル宮殿」(Palais Ferstel) の前を通って、地下鉄 U3 Herrengasse (ヘレンガッセ)のそばにある、Fahnengasse (ファーネンガッセ) Citybike Wien ステーションで自転車返却。 写真を見ておわかりのように、道路工事中で自転車走行できずsad 重い自転車をひいて歩く羽目になろうとは。。
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ところで、「フェルステル宮殿」 http://www.palaisevents.at/ は、かつての銀行と証券取引所があった建物で、1856年から1860年に建築。 この建物には美しいアーケード「フライウング・パサージェ (Freyung Passage) 」、1876年にオープンした歴史ある有名な 「カフェ・ツェントラル (Café Central)」などがあり、 もし時間sandclockに余裕があったなら、ゆっくり美しいアーケードを歩いてみたり、カフェcafeに入ってみたかったsad 公式サイトの画像とかを見ていたら、ひどく忘れ物しちゃったような気分なり・・・。
このアーケード、なんで一般的な旅行ガイドブックには書いてないんだろう!? 穴場だから、あえて載せないみたいな(笑)。 この美しいアーケード画像見ちゃったら、みんな行かずには居られないと思うんだけど(パソコンかスマホでどうぞ)

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ところで、Citybike Wien の自転車bicycleを返却するには、自転車のステーションに空きボックスがないと返せない。 で、iPhone のアプリ「Biker」で空き状況をチェックして、Fahnengasse のステーションに、2ボックス空きがあることを事前に確認。 でも、実際行ってみたら、ちょっとした時間差で1ボックスしか空きなし。 誰か自転車を借りて、空きボックスが発生するまで、ちょっと待つ羽目に・・・。 この時、自転車を借りてくれた女性には大感謝heart01

ボックス空き状況をチェックする場合、ちょっと数に余裕がないと危険かも。 フェルステル宮殿のアーケードを見逃した件あり、まさかの道路工事で自転車走行不能の件ありで、 「市庁舎広場」 (Rathausplatz ラートハウス・プラッツ) のステーションに返却しておけば、、なんて思ったり。今更だけどsweat01

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さて、この先の 「ヘレンガッセ」 (Herrengasse) は道路工事中だったので、 「ファーネンガッセ」 (Fahnengasse) から「ヴァルナーシュトラーセ」 (Wallnerstraße) へ。 この道沿いでひときわ目を惹いたのが、

エステルハージ宮殿」 Palais Esterházy (Wallnerstraße, Wien)
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エステルハージ家は、ハンガリー出身の貴族。 この宮殿は、18世紀の終わりに完成。2階バルコニーが美しい。
フランツ・ヨーゼフ・ハイドン ( 1732-1809)は、エステルハージ家に楽長として仕えました。
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ブランド店が立ち並ぶ 「コールマルクト」(Kohlmarkt) 通りに出て ※写真は2枚を合成。
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「王宮 (Hofburg ホーフブルク王宮)」crown ※画像クリックで拡大
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さすが、王宮。 この圧倒的な存在感! コールマルクト通り右側には、日本橋三越のデパ地下にも入ってる(笑)、超有名な老舗ケーキ店&カフェ 「デーメル」(Demel) 。今回は短い滞在期間ゆえ、美術史美術館以外のカフェはスルー。時間がもったいないものでcoldsweats01

いよいよ、というか、やっと王宮(笑)。

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この日は、「王宮」、「シシィミュージアム」 見学のあと、もしかして世界一美しいかもな 「国立図書館プルンクザール」を見学、「アウグスティーン教会」 と 「ペーター教会」の中に入り、「エンゲル薬局」、「アム・ホーフ」界隈散策。

さらには、「フンダートヴァッサーハウス」、「クンストハウスウィーン」まで足をのばし、最後は 「プラーター公園」の大観覧車に乗ったりと、まだまだ一日盛りだくさん。

というわけで、ウィーンまだまだ、つづきます。 そのあとは、プラハ編もup

新年またいですみません。 みなさま、よいお年をお迎え下さいcrown

つづきます。「ウィーン王宮 ミヒャエル広場のローマ遺跡

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ウィーン レンタサイクル 「Citybike Wien」で観光 05 ウィーン大学、パスクァラティハウスと市壁、ヴォティーフ教会

ウィーン散策 06 バミューダトライアングル散策地図、トルコ軍砲弾跡、ルプレヒト教会、階段とウィーン市壁」のつづき。

オーストリア ・ ウィーン旅行4日目(2013/8/13(火))は、まず 「王宮 (Hofburg ウィーン・ホーフブルク王宮)」 (日本語ダウンロード用資料)へ。
★ウィーン個人旅行の全体ついては、「ウィーン・プラハ個人旅行 02 ウィーン編まとめ Journey to Vienna (Wien)」をどうぞ。

公共レンタサイクル・システム 「シティバイク・ウィーン (Citybike Wien)」 http://www.citybikewien.at/ の自転車を借りて、ホテル・インペリアル・ウィーンの近くにある Kärntnerring の自転車ステーションから、王宮の近く、地下鉄 U3 Herrengasse のそばにある Fahnengasse のstation まで。 ウィーン市公式マップ

ウィーン大学 (Universität Wien)」 ここも美しい建物。
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1365年、シュテファン大聖堂を建設したルドルフ4世(Rudolf IV., 1339-1365) が創設した、ドイツ語圏最古・最大の大学。 ちなみに、チェコの「プラハ・カレル大学」は、神聖ローマ皇帝カール4世によって、1348年に創立と、これに先立つこと17年前。 そして、ドイツでは最古の「ハイデルベルク大学」は、プファルツ選帝侯ループレヒト1世によって、1386年に創立。

そして、このリンク沿いのウィーン大学の中心となる建物は、1884年にオープン。 ネオ・ルネサンス様式。 ハインリヒ・フォン・フェルステル (Heinrich von Ferstel Wiki) の設計。
http://www.univie.ac.at/en/university/history-of-the-university-of-vienna/

この地に移る前の「旧ウィーン大学」については、以前書いたエントリー記事 「ウィーン旧市街を散策 01 メガネ牛の壁画、「旧ウィーン大学講堂」」をどうぞ。

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リンクをはさんで、ウィーン大学の向かいには、ウィーンの市長アンドレアス·フォン·リーベンベルクの記念碑 (Das Liebenberg-Denkmal, Wien. Andreas von Liebenberg Bürgermeister von Wien (1627 - 1683)) (Dr. Karl-Lueger-Ring (vor der Mölkerbastei))
リーベンベルク在職中の1683年、オスマン帝国 (オスマン・トルコ) による「第二次ウィーン包囲」があり、その攻撃からウィーンを守ったことを記念するもので、1890年に建てられました。
http://www.viennatouristguide.at/Ring/Denkmal_Bild/z_liebenberg.htm
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そして、このリーベンベルクの像の後ろに見える建物が、ベートーヴェン (Ludwig van Beethoven (1770–1827))が住んでいた 「パスクァラティハウス」( Pasqualatihaus) (Mölkerbastei (Mölker Bastei) 8)。

ベートーヴェンは、1804年から1815年まで、断続的に8年間、 この1791年に建てられた建物の5階の部屋に住んでいました。
公式サイトによれば、ここで交響曲 4, 5, 7, 8 番、そして、オペラ「フィデリオ」を作曲 (Here he worked on his 4th, 5th, 7th and 8th symphonies, among others, and above all on his opera "Fidelio". )
ピアノ曲「エリーゼのために」なども作曲されました。

現在は、「ベートーヴェン博物館・パスクァラティハウス」(Beethoven Pasqualatihaus)。
http://www.wienmuseum.at/en/locations/location-detail/beethoven-pasqualatihaus.html (月曜休み)。

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ところで、この 「パスクァラティハウス」 のある高台の壁は、ウィーンの市壁 (Stadtmauer) があった場所。この市壁の遺跡の一部は、上の写真にも写っています。

オスマン帝国 (オスマン・トルコ) によるウィーン包囲など、戦争の際には、砦(要塞)として機能。

この砦の歴史は、現在のオーストリアの首都ウィーンの原型となった、古代ローマ時代の都市 「ウィンドボナ」(Vindobona) まで遡り、次第に拡張していきました。

★ウィンドボナの、現在との重ね地図は、「ウィーン グラーベン通り 「ペスト記念柱」、ウィンドボナ」をご覧下さい。

★以前書いたエントリー記事 「ウィーン散策 05 ドナウ運河、エルサレムの階段、アンカー時計、古代ローマ都市「ウィンドボナ」(Vindobona)」 も参照のこと。
★Die Wiener Stadtmauer (ウィーンの市壁) http://www.eichinger.ch/eichifamilyhom/Reisen/Wien/Stadtmauer.htm
http://de.wikipedia.org/wiki/Wiener_Stadtmauern

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自転車でリンク沿いを走ると、左側に
ヴォティーフ教会」 Votivkirche (Wien)
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ネオ・ゴシック形式の双塔の「ヴォティーフ教会」は、1879年に完成。 ウィーン大学と同じく、ハインリヒ・フォン・フェルステル (Heinrich von Ferstel Wiki) の設計。ウィーンで二番目に大きな教会。

この先、Schottengasse の角を右折し、Fahnengasse の 自転車ステーションへ。

★ 「シティバイク・ウィーン (Citybike Wien)」 については、以前書いたエントリー記事 「オーストリア ・ ウィーン レンタサイクル 「Citybike Wien」 で観光 01」、「ウィーン レンタサイクル 「Citybike Wien」で観光 03 ウィーン自転車マップ」をどうぞ。

つづきます。「ウィーン散策 07 フェルステル宮殿、エステルハージ宮殿、コールマルクト通りから王宮へ

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ウィーン散策 06 バミューダトライアングル散策地図、トルコ軍砲弾跡、ルプレヒト教会、階段とウィーン市壁

ウィーン散策 05 ドナウ運河、エルサレムの階段、アンカー時計、古代ローマ都市「ウィンドボナ」(Vindobona)」のつづき。

★「バミューダ・トライアングル」散策マップ。 ウィーン市の地図 Stadtplan Wien http://www.wien.gv.at/stadtplan/ "Quelle: Stadt Wien - ViennaGIS" に加工。
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「ホーアーマルクト広場」(Hoher Markt)から、ユーデンガッセ (ユダヤ小道 Judengasse) へ。 この一筋西にあるマルク・オーレル・シュトラーセ (マルクス・アウレリウス通り Marc-Aurel-Straße) に挟まれた地域は、古代ローマ時代、公衆浴場があった場所。「(古代) ローマ博物館 (Römermuseum)」Katalogansicht (カタログビュー) 参照。

マルク・オーレル・シュトラーセ (マルクス・アウレリウス通り Marc-Aurel-Straße) の名前の由来は、古代ローマ時代、五賢帝といわれた皇帝マルクス・アウレリウス帝が、北の境界線を確保するための宿営地だった、ここ「ウィンドボナ」(Vindobona) で AC180年に死去したことにちなんだもの。

ユーデンガッセの先、ルプレヒト教会の西側の細い路地の建物にある、
「トルコ軍砲弾跡」。
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あのベラスケスの絵で有名なスペインのマルガリータと結婚したレオポルト1世(Leopold I., 1640-1705, 神聖ローマ皇帝在位:1658-1705) の治世の頃、1683年のオスマン帝国 (オスマン・トルコ) による「第二次ウィーン包囲」の際に打ち込まれた石の砲弾。

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「ルプレヒト教会」。Ruprechtskirche (Ruprechtsplatz 1.) 現存するウィーン最古のキリスト教の聖堂
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教会の公式サイト http://www.ruprechtskirche.at/new/日本語)によれば、聖ルプレヒト(Ruprecht、紀元715または716没)は、ザルツブルクに教会を設立。 塩を運ぶ船人の守護聖人とされ、またザルツブルクの町の守護聖人。

そして、このウィーンのルプレヒト教会は 740年に創立したと言い伝えられ、今日残っている最も古い壁は、聖堂の中央、信徒席部分(身廊)やマトロネオ(ギャラリー階)とロマネスク様式の二連窓がある塔の下部分。 ウィーンの大部分が焼け落ちた1276年の大火事のあと、教会の大部分がゴシック様式に改築、塔は一階分高くなったとのこと。

そして、ザルツブルク近郊やザルツカマーグートから切り出される岩塩は船でウィーンまで運ばれ、1500年から1824年までここに増築されていた(今は取り壊されている)塩役場に塩が保管されていたそうです。
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ところで、前掲「シナゴーグ (Synagoge in Wien)」を含むこの界隈は、「バミューダ・トライアングル」と呼ばれる繁華街。

ルプレヒト教会の周りにもレストラン・バーがあって、教会の周りをテラス席が取り囲んでいた。

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さて、ルプレヒト教会のそばにある階段をおりて、ゲシュタポ本部があった 「モルツィン広場 (Morzinplatz)」 の方へ。
この階段は、かつて古代ローマの時代の都市 ウィンドボナ(Vindobona)の砦の壁、そして、ウィーンの市壁(Stadtmauer)があった場所。
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写真左は、シュテファン大聖堂の塔の明かりがまっすぐ先に見える 「ローテントゥルム通り」 (Rotenturmstraße)。右は、 「シュヴェーデンプラッツ (Schwedenplatz)」の地下鉄の入口。
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地下鉄 U1 Schwedenplatz から Karlsplatz まで行き、ホテルに戻りました。

ライトアップされた 「ウィーン国立オペラ座 (Wiener Staatsoper)」。
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明日は、晴れ&雨降りマーク。気温自体は、20度から25度と快適なんだけど、、。
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やっと、オーストリア ・ ウィーン旅行3日目(2013/8/12(月))、「シェーンブルン宮殿 (Schloss Schönbrunn)」から始まった長い一日が終了。
★ウィーン個人旅行の全体ついては、「ウィーン・プラハ個人旅行 02 ウィーン編まとめ Journey to Vienna (Wien)

つづきます。「ウィーン レンタサイクル 「Citybike Wien」で観光 05 ウィーン大学、パスクァラティハウスと市壁、ヴォティーフ教会

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ウィーン散策 05 ドナウ運河、エルサレムの階段、アンカー時計、古代ローマ都市「ウィンドボナ」(Vindobona)

ウィーン散策 04 「アイスサロン・アム・シュヴェーデンプラッツ」でアイスクリームを食べる」のつづき。

「ドナウ運河」 (Donaukanal)。
「シュヴェーデンプラッツ (Schwedenplatz)」 にあるマリーエン橋 (Marienbrücke マリーエン・ブリュッケ bridge) から、赤いシュヴェーデン橋 (Schwedenbrücke) を眺める。
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ドナウ運河は、1870年から1875年にかけての治水工事で完成。
右側には、ツインシティライナー(Twin City Liner)のドナウ川クルーズ船のステーション (schiffsstation Wien)。 赤いシュヴェーデン橋 (Schwedenbrücke) の先には、DDSGのドナウ川クルーズ船のステーションあり。

シュヴェーデン Schweden = スウェーデン Sweden. のドイツ語読み。 「なぜ、スウェーデンなのかsign02」というと、第一次世界大戦後、スウェーデンが、ウィーンの子どもたちのために援助してくれたことを記念して、1919年、旧Ferdinandplatz から改名。https://schwedenplatz.wien.gv.at/ppr19/schwedenplatz/der-schwedenplatz/geschichtliches/ 名前に歴史あり flair

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この「シュヴェーデンプラッツ (Schwedenplatz)」は、路面電車がたくさん行き交う交通の要衝。地下鉄も通っていますbus
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マリーエン橋 (Marienbrücke) から、シュテファン大聖堂へとまっすぐ伸びる ローテントゥルム通り (Rotenturmstraße) に入って、すぐ右折。 ザイテンシュテッテン小道 (Seitenstettengasse) に入ると、左手にユダヤ教の礼拝所、「シナゴーグ (Synagoge in Wien)」 (写真上右)。

このシナゴーグは、1421年にオーストリアからユダヤ人が追放されて以降、最も古いシナゴーグ。 建築家コルンホイゼル (Joseph Kornhäusel) によって、1825年から1826年に建築 (Seitenstettengasse 4)。http://www.stadt-wien.at/wien/sehenswuerdigkeiten/kirchen/synagoge.html

そして、1981年8月29日、テロ攻撃のあった場所bomb
http://www.nytimes.com/1981/08/31/world/6-more-held-in-vienna-synagogue-raid.html

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ユーデン・ガッセ (Judengasse) = ユダヤ小道から、デズィダー・フリードマン広場 (Desider-Friedmann-Platz) へ。 この広場、ユダヤ人でシオニスト(Wiki)、ウィーンのユダヤ人社会 Israelitischen Kultusgemeinde Wien (IKG) の代表、1944年アウシュヴィッツで生涯を終えたフリードマンを記念して命名。
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この広場から、フライシュマルクト Fleischmarkt (食肉市場)通りへと下がる
「エルサレムの階段 (Jerusalem stiege (Wien))」
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上の写真右は、前掲シナゴーグを建築したコルンホイゼル (Kornhäusel)の塔と階段。
左下は、1996年、エルサレム誕生3000周年を記念、連帯の印として、「エルサレムの階段 (Jerusalem stiege」と命名されたことを示す記念碑 (Fleischmarkt 4)。
http://www.viennatouristguide.at/Gedenktafeln/Stadtgeschichte/1996_jerusalem_stiege_1.htm

ところで、1938年3月13日、オーストリアはドイツによって併合され(Der Anschluß アンシュルス)、ウィーンのユダヤ社会はナチスによってほぼ破壊。 オーストリア在住のユダヤ人は強制収容所に送られ、65,000人が殺害されたのでした。 想像するだに、なんとも怖ろしい事実。 それが、まだ100年もたってないなんて・・・typhoon
http://www.wien.gv.at/spaziergang/juedisches-wien/

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エルサレムの階段をおりて、バオアーンマルクト (Bauernmarkt 農家市場 Farmer's Market) 通りへ。 ホーアーマルクト広場(Hoher Markt)に出る直前、旧アンカー保険会社のビルをつなぐ空中回廊には 「アンカー時計」 (Ankeruhr)clock

"MCMXIV" (1914年) と書いてあります (ローマ数字で、M (=1000), D (=500), C (=100), L (=50))。
回廊の下の浮き彫り彫刻も美しいshine
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この仕掛け時計は、グスタフ・クリムトとともに活躍したユーゲントシュティル(アールヌーボー)の画家、フランツ・マッチュ (Franz Matsch 1861-1942 Wiki)のデザインで、1911年から1917年にかけて制作されたもの。 ウィーンの歴史上の人物12組が、一時間ごとに一組づつ登場。 正午の12時には全組登場するそうです。
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「ホーアーマルクト広場」(Hoher Markt)、広場の真ん中にある 「結婚の泉」(Vermählungsbrunnen) cute
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この泉、元々は あのウィーン美術史美術館にあった肖像絵や彫刻でもおなじみ、ベラスケスの肖像画のマルガリータの夫、皇帝レオポルト1世(Leopold I. 1640-1705)が、息子ヨーゼフのスペイン承継戦争の戦地からの帰還を祝って作らせたもの。1706年、オーストリア国立図書館の豪華なプルンクザール (Prunksaal) を設計したバロック建築の巨匠、ヨハン·ベルンハルト·フィッシャー·フォン·エルラッハ(Johann Bernhard Fischer von Erlach, 1656-1723)の設計による木製の記念碑が建てられたが、1732年噴水に置き換えられました。
http://www.stadt-wien.at/wien/ausflugszielewien/parkanlagen/brunnen-in-wien/vermaehlungsbrunnen.html
http://www.wien.info/ja/sightseeing/green-vienna/bridges-and-fountains

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ところで、この界隈は、映画 「第三の男」(1949年、英国)にもバックの映像で登場movie

第二次大戦から間もないウィーン。 第二次大戦の連合軍の爆撃により実際に破壊、崩壊した建物、その中、かろうじて残った「結婚の泉」。
その後、見事に復興をとげたウィーンの街の姿を重ねて見ると、感慨深いものがありました。
こちらは、映画「第三の男」で、古いウィーンの街角を、チェックしてみるといいかもですclip

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ところで、以上に書いてきた界隈には、古代ローマ軍が北の境界線を確保するための宿営地、 「ウィンドボナ」(Vindobona) があり、現在のオーストリアの首都ウィーンの原型となりました Wiki
その最盛期とされる2世紀から3世紀中期頃は、3万人以上の人々が住んでいたと推測されています。

この古代の歴史を展示している博物館が、2008年にオープンした、この広場にある「(古代) ローマ博物館 (Römermuseum)」
http://www.wienmuseum.at/de/standorte/ansicht/roemermuseum-1.html

Katalogansicht (カタログビュー) では、ショートガイドが古代ローマの地図入りで紹介されていて興味津々。
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つづきます。「ウィーン散策 06 バミューダ・トライアングル散策地図、トルコ軍砲弾跡、ルプレヒト教会、階段とウィーン市壁

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ウィーン散策 04 「アイスサロン・アム・シュヴェーデンプラッツ」でアイスクリームを食べる

ウィーン散策 03 怪物バジリスク、ハイリゲンクロイツァーホーフ」のつづき。
シェーンラテルン・ガッセ Schönlaterngasse (美しいランタン小道)から、 ポストガッセ Postgasse(郵便局小道)に抜けた先には、ウィーンの「聖バルバラ教会」 Barbarakirche (Wien) Wiki
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上右の写真は、教会から左折した先、フライシュマルクト Fleischmarkt (食肉市場)通りの郵便局 Postamt (post office) の近くにあった、アール・ヌーヴォー様式の植物的曲線が美しい鉄の扉shine

この界隈には、ムーディーな大人の雰囲気のバーが何軒かあって、もし時間があれば入ってみたかったbar

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「シュヴィント館(画家モリッツ・フォン・シュヴィントの生家) Schwindhof, Geburtshaus des Malers Moritz fon Schwind (1804-1871) Wiki
この美しいバロック式のタウンハウスは、1718年に建築、1783年、1858年に再建。
http://de.wikipedia.org/wiki/Liste_der_denkmalgesch%C3%BCtzten_Objekte_in_Wien/Innere_Stadt/E%E2%80%93He
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その先には、緑の蔦に覆われたウィーン最古のレストラン、1447年創業の 「グリーヒェンバイスル」 Griechenbeisl http://www.griechenbeisl.at/
もう見るからに歴史がありそうcute
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このレストランの脇の路地 グリーヒェン・ガッセ Griechengasse を抜けて、「ドナウ運河」のほうへと細くて暗い階段を下がると、、
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その先の角には、ウィーンにあるアイスクリームの有名店、
「アイスサロン・アム・シュヴェーデンプラッツ」 (Eissalon am Schwedenplatz)」 http://www.gelato.at/
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チョコレート・アイスクリームを店先で食べて、しばし休憩cute まろやかで美味しかったheart04

でも、写真を撮ろうと思ったら、みるまに溶けて手がベトベトに・・・。ダンナ、Help me ~!! 
と、そんなこんなで手間取ったけど、この写真を見るたび、この場面が鮮やかに思い出されますsweat01

こちらは創業 1886年の老舗。 売り場はたくさんの人で大賑わい。 落ち着けるテーブル席もありました。
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一息ついたところで、ウィーンの路地裏、建築散歩。
もうちょっとつづきます。「ウィーン散策 05 ドナウ運河、エルサレムの階段、アンカー時計、古代ローマ都市「ウィンドボナ」(Vindobona)

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ウィーン散策 03 怪物バジリスク、ハイリゲンクロイツァーホーフ

ウィーン散策 02 イエズス会教会、ツヴェルフ・アポステルケラー、グーテンベルク像」のつづき。
ゾンネンフェルス・ガッセ Sonnenfelsgasse の小道を折り返して、シェーンラテルン・ガッセ Schönlaterngasse の路地へ。

この路地の途中に 「ツム・バジリスケン (Zum Basilisken)」 というレストランがあり、その外壁には怪物バジリスクの伝説にちなんだ像。「昔話」っぽくない像で、ちょっと笑える。
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右隣にある「バジリスクハウス (Das Basiliskenhaus)」には、怪物バジリスクと、鏡を使って怪物を退治したパン職人の壁画、物語に出てくる ニワトリ(雄鶏 Hahn) が飾られています。物語によれば、雄鶏の卵をヒキガエルが孵化させた卵から、怪物が産まれたらしい。詳しくは、http://www.sagen.at/texte/sagen/oesterreich/wien/1_bezirk/basiliskenhaus.html ドイツ語ですが、いつかは全部読めるだろうか?道遠しcoldsweats01

ウィーンの公式サイトの地図 http://www.wien.gv.at/kulturportal/public/ に詳しい地図と解説&写真があるので、とても参考になりました。

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このレストラン 「ツム・バジリスケン (Zum Basilisken)」の右側には、建物の中を通り抜ける細い通路(Durchgang ドゥルヒガング)。
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この通路を抜けた先には、「ハイリゲンクロイツァーホーフ (Heiligenkreuzerhof)」 の小さな広場(Schönlaterngasse 5, 1010 Wien)。
左側には、「聖ベルンハルト礼拝堂」のある、シトー会修道院の「ハイリゲンクロイツ修道院」(Heiligenkreuzer-Hof-Kapelle, St.Bernhards-Kapelle, the Zisterzienser monastery of Heiligenkreuz (= Holy Cross) with the chapel of the Holy Bernhard)
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こちらは、オーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフ1世とエリーザベトの息子ルドルフ皇太子がピストル自殺を遂げた「マイヤーリンク礼拝堂」の近く、「ウィーンの森 Wienerwald」にある「ハイリゲンクロイツ修道院 Stift Heiligenkreuz(2532 Heiligenkreuz im Wienerwald, Österreich)の別院として、12・13世紀に建築。その後、1659年と1676年の間にバロック様式に再建。 Wiki
そして、この広場を取り囲む建物は、ウィーンで最も古いマンションの一つといわれています。
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美しい天使の彫像で装飾された Heiligenkreuzerhof の門
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http://www.tourmycountry.com/austria/heiligenkreuzerhof-bernardiskapelle.htm
http://www.academia.edu/338767/Zur_Baugeschichte_des_Heiligenkreuzerhofes
http://www.wien.gv.at/spaziergang/innenhoefe/heiligenkreuzerhof.html

その門のすぐ右側には、レストラン Hollmann Salon http://www.hollmann-salon.at/en/salon/heiligenkreuzerhof があって、チャペルでのウェディングのプランがHPでオススメされていました。

写真左下は、Hollmann Salon. 左上はその向かいにあった像。
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上の写真右は、シェーンラテルン・ガッセ Schönlaterngasse の路地。

左側には、壁に大きな鍵の装飾看板のある 「Alte Schmiede (古い鍛冶屋)」の建物。

写真には写っていませんが、その手前の建物は、昔シューマンが住んでいた家。 同じく写真には写っていませんが、その向かい側には、シェーンラテルン・ガッセの名前の由来と思われる「Schönen Laterne  ショーン・ラテルネ (街灯)」 美しいランタンが建物の壁にかけられています。

ここらへんは、できれば明るいうちによく見てみたかったsweat01
ウィーンの公式サイトの地図 http://www.wien.gv.at/kulturportal/public/ に詳しい地図と解説&写真が掲載されています。

もっとも、日暮れのウィーン旧市街。 路地裏の小道に温かいオレンジの街灯の光が映え、ノスタルジックな風情を楽しむことができました。

つづきます。「ウィーン散策 04 「アイスサロン・アム・シュヴェーデンプラッツ」でアイスクリーム

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ウィーン散策 02 イエズス会教会、ツヴェルフ・アポステルケラー、グーテンベルク像

ウィーン旧市街を散策 01 メガネ牛の壁画、「旧ウィーン大学講堂」」のつづき。
前掲、Dr. Ignaz Seipel-Platz. イグナーツ・ザイペル・プラッツ(イグナーツ・ザイペル広場)の「旧ウィーン大学講堂」のすぐ右側には、バロック様式のファサード

「イエズス会教会(大学教会) Die Jesuitenkirche (Universitätskirche)」
(Dr.-Ignaz-Seipel-Platz 1, 1010 Wien http://www.jesuitenwien1.at/)
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ウィーン大学の哲学と神学を担当したイエズス会。 このイエズス会教会 Die Jesuitenkirche は、1631年に献堂されました。

その後、1702年、バロックの巨匠、建築家、彫刻家、画家の「アンドレア・ポッツォ」 (Andrea Pozzo, 1642–1709) Wiki artが、ベラスケスの絵で有名なスペインのマルガリータと結婚したレオポルト1世(Leopold I., 1640-1705, 神聖ローマ皇帝在位:1658-1705)crownによって、ウィーンに呼ばれます。
アンドレア・ポッツォは、1703年から1705年にかけて、教会をバロック式に改修。 天井のフレスコ画などを描き、内装も豪華に改装shine

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教会入り口と、教会内部。 イエズス会教会は、通常、日曜・祝日は8:00から19:00まで。平日7:00から19:00まで。しかるに、刻すでに20:00頃と時間外。 残念ながら、教会内部をよく見ることはできませんでした。。
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薄明かりの中、かすかに垣間見ることのできた祭壇、バロック特有のねじれた柱。 見上げると、描き込まれた天井画。
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次回は明るいうちに、美しい 「だまし絵」、3Dの華麗な天井画を見てみたいheart01
日曜日 10:30 からのミサでは、クラシック音楽のプログラム Kirchenmusikprogramm もあるので、公式サイトを要チェックですnote

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ところで、イエズス会は、1534年、日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエル (1506‐1552) や イグナチウス・デ・ロヨラ (1491-1556)ら 6人の同士によって設立され、1540年、教皇の認可を受けた、カトリックの男子修道会。
イエズス会は、宗教改革に対抗するために創立されたものではなかったものの、その中核的役割を果たします。

しかしながら、1773年 クレメンス14世によりイエズス会が廃止され、1814年ピウス1世により回復。 1848年オーストリアからイエズス会が追放され、1852皇帝フランツ·ヨーゼフにより回復と、激動の時代を経て今に至っているのでした。
http://www.jesuitenwien1.at/
Jesuitenkirche (イエズス教会) > Kleiner Führer (ミニガイド) と Geschichte (歴史) と、http://www.jesuits-japan.org/ 、ブリタニカ国際大百科事典、等参照。

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その後、 「イエズス会教会(大学教会)」 と 「旧ウィーン大学講堂」 の間にある ゾンネンフェルス・ガッセ(小路)Sonnenfelsgasse の石畳の小道を散策。

写真左は、「旧ウィーン大学講堂」を左に見たところ。 写真右は、グーテンベルク像のあるルーゲック広場から ゾンネンフェルス・ガッセを見たところ。
夜も8時を過ぎ、ウィーン旧市街も薄暮に中に。
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ゾンネンフェルス・ガッセ(小道)Sonnenfelsgasse の道沿いには、 古い歴史をもつバロック様式のファサード。 ワインケラー(ワインの居酒屋) 「ツヴェルフ・アポステルケラー Zwölf-Apostelkeller」 http://www.zwoelf-apostelkeller.at/ Sonnenfelsgasse 3, 1010 Wien
壁の装飾がバロック的で、すごく凝ってる。
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ロマネスク様式、そしてゴシック様式の建物の歴史は、遡ること1339年には記録あり。 18メートルもの深さのある地下空間もあり。
この歴史的建物に、1952年、「十二使徒ケラー」と名付けられた 「ツヴェルフ・アポステルケラー」が設立されました。

公式サイトを見ると、歴史を感じさせる雰囲気も素敵そう。 営業時間は毎日11:00~24:00。19.00から生演奏もあり。次回は是非heart01なレストラン。

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ゾンネンフェルス・ガッセ(小道)Sonnenfelsgasse を抜けた先には、
「グーテンベルク記念碑」のあるルーゲック広場 Gutenberg-Denkmal, Lugeck, Wien Innere Stadt 
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グーテンベルクは、ヨーロッパで初めて活字による印刷を行い、1455年に初めて 「グーテンベルク聖書」(「四十二行聖書(42-line Bible)」ラテン語)を印刷した偉い人。
★慶應義塾図書館|グーテンベルク42行聖書 マインツ 1455年頃 紙
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/collection/rare000.html
※慶應義塾図書館には紙に印刷されたグーテンベルク42行聖書 上巻1冊が所蔵されています。アジアでは唯一、グーテンベルク聖書が所蔵されている図書館なのです。

そして、この記念碑は、1900年に立てられたもの。Das Denkmal stammt aus dem Jahr 1900 von Max Fabiani (Architektur) und Hans Bitterlich (Bronzefigur).

去年、ドイツ・フランクフルトでもグーテンベルク記念碑を見ましたが、ここウィーンでもグーテンベルクは人気なんですね。

※グーテンベルク、グーテンベルク聖書 - 慶應義塾大学HUMIプロジェクトについては、以前書いた「フランクフルト2日目 フランクフルト散策 #1 グーテンベルク記念碑、中世の塔 Gutenberg-Denkmal, Frankfurter Stadtbefestigung - Eschenheimer Turm in Frankfurt am Main」のエントリー記事を参照のこと。
★The Keio Gutenberg Bible グーテンベルク聖書 - 慶應義塾大学HUMIプロジェクト
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/collection/index.html
http://www.mita.lib.keio.ac.jp/en/collection/


ウィーン散歩、まだまだ続きます。「ウィーン散策 03 怪物バジリスク、ハイリゲンクロイツァーホーフ

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ウィーン旧市街を散策 01 メガネ牛の壁画、「旧ウィーン大学講堂」

ウィーン レストラン「フィグルミュラー (Figlmüller)」でディナー - 巨大なウィンナー・シュニッツェル」のつづき。
★ウィーン個人旅行の全体ついては、「ウィーン・プラハ個人旅行 02 ウィーン編まとめ Journey to Vienna (Wien)

レストランのある、Bäckerstraße ベッカー・シュトラーセ (ベッカー通り)から、ウィーン旧市街を散策。

16世紀前半の、バックギャモン (Tricktrack)をしている、メガネをかけた牛とオオカミの壁画がある建物 (Reste einer Wandmalerei aus der ersten Hälfte des 16. Jahrhunderts eine Brillen tragende Kuh, die mit einem Wolf Tricktrack spielt. Bäckerstraße 12, Wien/Innere Stadt)
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ウィーンの路地散策は、「ウィーン
旧市街 とっておきの散歩道 (地球の歩き方GEM STONE)
」 の本が非常に役に立ちました。

この壁画の解釈については、この本のp.62に詳しく書かれていますが、「カトリックとプロテスタントの争い」に関する絵とのこと。
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※ウィーン旧市街の保護記念物のリスト
Liste der denkmalgeschützten Objekte in Wien/Innere Stadt/A–D http://de.wikipedia.org/wiki/Liste_der_denkmalgesch%C3%BCtzten_Objekte_in_Wien/Innere_Stadt/A%E2%80%93D

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1712年以降のバロック様式のコミュニティーセンター (Town House, Barockes Bürgerhaus, Bäckerstraße 16, Wien/Innere Stadt)
現在は、ÖTK (Österreichischer Touristenklub) -Klubhaus. 建物の中には、クライミングジム!event
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さらに Bäckerstraße ベッカー・シュトラーセ (ベッカー通り) を東に行くと、「旧ウィーン大学」 Alte Universität (Wien) へ。

二つのアーチによって接続されている旧ウィーン大学の一部 (Teil der alten UniversitätObjekt, Bäckerstraße 20)。
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ウィーン大学は、1365年、シュテファン大聖堂と同様、ハプスブルク家のルドルフ4世(Rudolf IV.) の命により創設されました。
http://www.univie.ac.at/archiv/tour/content.htm

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Dr. Ignaz Seipel-Platz. イグナーツ・ザイペル・プラッツ(イグナーツ・ザイペル広場)に出ると、
「旧ウィーン大学講堂」 (Neuen Aula der Alten Universität Wien, Doktor-Ignaz-Seipel-Platz 2, 1010 Wien)
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この 1753/1755年にかけて建てられた、フランスとイタリアの古典主義の影響を受けた建物は、その当時、旧ウィーン大学の新しい本部としてオープン。神聖ローマ皇帝フランツ1世(Franz I.) とその妻、マリア・テレジア (Maria Theresia, , 1717 - 1780) に捧げられました。

その後、ウィーン大学は、1884年、リングシュトラーセ Ringstraße 沿いに新しい本館をオープン。
「旧ウィーン大学講堂」は、現在、オーストリア科学アカデミー (Österreichischen Akademie der Wissenschaften) の本部になっています。
http://www.oeaw.ac.at/english/about/standortehauptsitz.html

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ここには "Alte Aula"イベントが定期的に開催されるホールがあり、かつては、1807年から1840年にかけて、この中にある festive hall (Festsaal) でハイドン、ベートーヴェンやシューベルトらが演奏。 1813年、ベートーヴェンの交響曲第七番もこちらで初演されました。
★BEETHOVEN – Spaziergang durch Wien
http://www.wien.info/media/files/ludwig-van-beethoven-spaziergang.pdf
※その他、ベートーヴェンの足跡については、http://www.wien.info/media/files/beethoven-walk-vienna.pdf

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講堂と広間は、イベント行われていなければ、毎日、9時から17時まで、無料で訪問可能。"Aula und Festsaal können, sofern keine Veranstaltung stattfindet, täglich von 9 Uhr bis 17 Uhr kostenlos besichtigt werden."
お問い合わせ先は、 http://www.oeaw.ac.at/die-oeaw/kontakt-mit-der-oeaw/wege-der-kontaktaufnahme/

https://twitter.com/oeawより
Twitter_com_oeaw

・・・いつか訪問してみたい、美しいホールshine

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また、1808年3月27日、ハイドンの76才の誕生日を記念して、ハイドンの作曲した「天地創造」"The Creation (Die Schöpfung)"が演奏されました。

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そして、このFestival Hall (Festsaal) のほか、「洗礼者ヨハネのホール Johannessaal (Hall of John the Baptist)」 の見事な天井画でも有名なのだそうです。

カナレット (Canaletto) の絵画 "The University Square in Vienna" (1758-1761) にも描かれた、左右にイルカと少年の噴水、そして彫刻が施された美しい建物。
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詳しくは、http://www.oeaw.ac.at/fileadmin/NEWS/2013/pdf/OeAW-Hauptsitz-Folder_eng.pdf
PDFの資料を見ていたら、建物の中も見てみたくなりましたheart01

つづきます。「ウィーン旧市街を散策 02 イエズス会教会、ツヴェルフ・アポステルケラー、グーテンベルク像

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